立ち飲み

角打ちとは

辞書での角打ちの定義

角打ちの定義としては、「酒屋で升やコップで量り売りした酒、または、瓶・缶で売っている酒を買って、その場で飲むこと。本来は、九州北部の方言。」と記載した方がいい。
2021.05.15
角打ちとは

方言辞典の角打ち

かくうち〔角打〕 (1)升に入ったままの酒を飲むこと。福岡県・熊本県下益城郡 (2)酒屋で立ち飲みすること。佐賀県・熊本県 《かくち》熊本県玉名郡 《かくうち酒》福岡市・佐賀県 (3)金銭を出し合って宴会をすること。大分県大分郡・北海部郡 《かくち》大分県玖珠郡
2021.05.15
角打ちとは

佐賀県方言辞典の角打ち

佐賀縣方言辭典  かくうち・・・タチザケ  かくまはし・・・かくうちに同じ この辞典は1902年に発行されたものである。 ということは、官営八幡製鉄所が創設された1901年頃にはすでに佐賀県では角打ちという言葉が一般に使われていたことになる。
2021.05.15
角打ちとは

カクチともいわれる角打ち

『日本方言大辞典 上巻』(小学館 1989.3発刊)によると、熊本県玉名郡と大分県玖珠郡ではカクウチはカクチである。 また、カクチというのは、言語学でいう重音脱落かと思っていたが、1989年発行の「柳川方言総めぐり」では、「かくちする(角口する):枡の角に口を付けて酒を飲むこと」とある。
2021.05.15
角打ちとは

「角打ち」についての国税庁の「珍弁」

当の国税庁では「コップ酒は飲むために売るのではなくハカリ売りが目的です、売つたあと飲まれるのはご随意ですがねー」と云う珍弁である。 これに対し取締り方面では「店さきにイスを出したりおかんをつけたりすれば料飲とみなします─」ということである
2021.05.15
角打ちとは

岩下俊作「無法松の一生(富島松五郎伝)」の角打ち

劉寒吉、火野葦平、そして今回の岩下俊作といった北九州の作家たちが「角打ち」という言葉を使っているのに、他の地方の作家たちは酒屋飲みを「角打ち」とは言わずに「枡酒」「立ち飲み」「コップ酒」などと表現している。
2021.05.15
角打ちとは

火野葦平「花と龍」の角打ち

火野葦平は北九州の作家で、「花と龍」の舞台も明治35年から昭和12年の北九州である。 以下、火野葦平「花と龍」(昭和27年〜28年読売新聞連載)
2021.05.15
角打ちとは

山頭火の角打ち 劉寒吉「旅の人」

東京などの作家が酒屋飲みを「立ち飲み」「枡飲み」「コップ酒」としか書いていないのに対して、北九州の作家は、火野葦平をはじめ、岩下俊作、劉寒吉など、きちんと「角打ち」という言葉を使っている。
2021.05.15
角打ちとは

中島らもが活写する「角打ち」

中島らもは「永遠も半ばを過ぎて」の中で「角打ち」の場面を見事に活写しているが、「角打ち」という言葉は一言も使っていない。酒屋での「直売の立ち飲み」である。 まあ、しかしこれほど見事に「角打ち」の場面を描写した作品はないだろう。ここに描かれているのは、当に「正統派角打ち」である。
2021.05.15
角打ちとは

「鴎外の思ひ出」の「角打ち」

森鴎外の妹である小金井 喜美子の「鴎外の思ひ出」に「角打ち」の場面が出てくる。 舞台は明治時代中期の東京千住。明治の中上流家庭に育った者から見た庶民の生活の一端が描かれている。
2021.05.15
角打ちとは

夏目漱石の「角打ち」

堀部安兵衛が仇討ちの前に酒屋に寄って升酒を飲んだというのは講談などでも有名であるが、この酒屋(小倉屋)は今でも営業を続けていて、安兵衛がその時飲んだ枡は貸金庫に預けてあるとのことだ。 ネットなどには堀部安兵衛が「角打ち」をしたなどと書いてあるのをみかけるが、江戸に「角打ち」という言葉はなかったはずだから、その言い方は誤りである。 この小倉屋の裏には夏目漱石の生家があ...
2021.05.15
角打ちとは

山口瞳「遠見と背亀」のカブト(角打ちの異名)

北部九州の方言である「角打ち」は、ここでは「カブト」である。
2021.05.15
角打ちとは

坂口安吾「居酒屋の聖人」のトンパチ(角打ちの異名)

茨木県では、角打ちのことを「トンパチ」と言っていたらしい。 酒と女に関しては評判が悪かった安吾であるが、「聖人」と呼ばれていた取手で、思うように書けなくて毎晩のように「トンパチ屋」に通って常連さんたちの話を聞いていたことを書いている。
2021.05.15
角打ちとは

てっぱつ(角打ちの異名)

日本語大辞典(小学館)には、 「てっぱつ(鉄鉢)」 の本義のほかに方言として「③茶碗酒。コップ酒。千葉県」と記載してある。
2020.07.12
角打ちとは

角打ちは筑前国の江戸時代からの名物か

その中に「此の角打ちと云ふのは、筑前の國のお國自慢の名物の一つであつた」とあり、この話の舞台は「文久・慶応頃」とある。
2020.11.23