山頭火の角打ち 劉寒吉「旅の人」

東京などの作家が酒屋飲みを「立ち飲み」「枡飲み」「コップ酒」としか書いていないのに対して、北九州の作家は、火野葦平をはじめ、岩下俊作、劉寒吉など、きちんと「角打ち」という言葉を使っている。

なかでも、劉寒吉は山頭火を題材にした「旅の人」という小品を書いているが、さすが北九州の人だけあって「一杯屋」(山口屋)と「角打ち」を違うものとして書いている。舞台は熊本で、時代は大正である。

以下、劉寒吉「旅の人」

 そのときも、山頭火は、下通町の横町にある山口屋という小さな一杯屋で酔っていた。大正十三年の晩春の日の午後で、山頭火の四十三歳のときであった。
 山口屋は山頭火の行きつけの店であった。山口屋というのは、その店の主人の姓が山口であるところから命名された屋号にすぎなかったが、もともとが山口県の出身である山頭火としては、この店の名になみなみでない親しみをおぼえていたようである。酒をのむときは、きまって、この店か、そうでないときは町内の酒屋で角打ちをした。