夏目漱石の「角打ち」

堀部安兵衛が仇討ちの前に酒屋に寄って升酒を飲んだというのは講談などでも有名であるが、この酒屋(小倉屋)は今でも営業を続けていて、安兵衛がその時飲んだ枡は貸金庫に預けてあるとのことだ。

ネットなどには堀部安兵衛が「角打ち」をしたなどと書いてあるのをみかけるが、江戸に「角打ち」という言葉はなかったはずだから、その言い方は誤りである。

この小倉屋の裏には夏目漱石の生家があったので、漱石はいくつかの作品の中で小倉屋のことを書いている。
当然ながら、漱石は東京の人なので、「角打ち」などという言葉は知らなかった。「立ち飲み」(「僕の昔」、1907年)とか「枡酒」(「硝子戸の中」、1915年)と書いている。
いや、熊本に住んだことがあるので知っていた可能性も皆無ではないが。

以下、夏目漱石「硝子戸の中」より

 それから坂を下り切った所に、間口の広い小倉屋という酒屋もあった。もっともこの方は倉造りではなかったけれども、堀部安兵衛が高田の馬場で敵を打つ時に、ここへ立ち寄って、枡酒を飲んで行ったという履歴のある家柄であった。私はその話を小供の時分から覚えていたが、ついぞそこにしまってあるという噂の安兵衛が口を着けた枡を見たことがなかった。