岩下俊作「無法松の一生(富島松五郎伝)」の角打ち

劉寒吉、火野葦平、そして今回の岩下俊作といった北九州の作家たちが「角打ち」という言葉を使っているのに、他の地方の作家たちは酒屋飲みを「角打ち」とは言わずに「枡酒」「立ち飲み」「コップ酒」などと表現している。
もちろん、私が知らないところで、九州以外の作家が「角打ち」を使っている可能性が皆無とは言えないが、その可能性は極めて低いと思う。

まずは、岩下俊作「富島松五郎伝」(昭和13年)

 労働者仲間には「角打(かくうち)」と云って、二三人で酒屋で薤(らっきょう)や熬子(いりこ)を撮んで酒を飲むことがある。 松五郎の同僚はよく角打に行ってゐたが、気難しい彼を誘ひはしなかった。時折彼の同僚は、彼一人外け者にして角打をするのに気がさして、彼を誘ふこともあったが、彼はその都度首を振って断るのであった。
 松五郎は唯一人、饂飩屋の薄暗い隅に腰を下ろして、大きなコップで冷酒を二杯も三杯も呷り、 腹の中に沁み透る劇しいアルコールの刺戟を、静かに味はつてゐることがあった。